パスピエの音源とライブのエモさのギャップは本当にすごい

少し前(いやもうそろそろだいぶ前とも言えるかもしれないが)まで顔出しをしていなかったパスピエ。
「顔を隠している」というと、なんとなく人間らしくないとか、機械的なイメージを受け取るし、パスピエの音楽は音源で言うと機械的であったりポップな要素が多かったり、ロジカルで知性的な印象を受けるため、なかなか他のバンドほど人間味を感じる部分は少ない。歌詞も情緒的ではあっても情熱的という感じではない。
「エモーショナル」とは対極のイメージを持っている人が多いかと思うし、かつて私もそうだった。

だが、意外にもライブに行くと、予想していたテクニカルにプラスして、予想外のエモーショナルとハートフルを受け取って来れるのだ。

そもそも、パスピエというバンドは超実力派バンドである。どこをとっても上手い、あざやか。
生で聴くとよりその緻密さと、ハイレベルな演奏技術あってこその遊びが体感できて感動する。正直これが体感できるだけでも十二分に価値ある時間が過ごせる。

だがここで言いたいのは、上手いだけではなく、パスピエはすごく感情揺さぶるライブをするバンドであるということだ。

出典:ミーティア

Vo.なつきさんの歌は伸びやかに後ろまで気持ちが届く、時に力強く時に透き通った声
声ばかりでなく全身から表現や歌のメッセージが伝わり、動きが先なのか歌が先なのかというくらい、それも含めて歌であるようにさえ思う。
音の処理など、原曲からのこまかなアレンジもわりかし多く、その場の手ごたえや雰囲気、ご自身のその時歌いたい方向に合わせて変えているようにも思う。

Gt.の三澤さんはソロとなろうものなら特に楽しそうに、情熱的に弾き狂うし(長身がよりその迫力を引き立てていて見ごたえも凄い)、Key.成田さんはアップテンポの曲は笑顔で鍵盤を気持ちよさそうに派手にたたき、目を離す隙があればメンバーや客席を見てくれるし、歌うべきフレーズではこれ以上ないくらいの表現力で会場をキーボード1台で包み込む

リズム隊のBa.露崎さんと、元メンバーやおさんの脱退依頼多くの曲でサポートをされているDr.佐藤さんは、パスピエの丁寧で無駄のないスッキリとした印象の音楽を支える、正確でフォーカスのピッタリ合ったリズムを確実に作りながらもお互いアイコンタクト以上に微笑みあい、見ているだけでもわかる程の最高のコンビネーション。

私のつたない文章では表現しきれないが、パスピエの粒ぞろいで基本ロジカル寄りな音源、それだけ聴いてきた人(最初は当たり前にみんなそうなのだが)的にはびっくりなほど、パスピエのステージ、およびメンバーの演奏スタイルは自由で感情的だ。

出典:ナタリー

アー写をはじめメディアで見るパスピエはこんな風に、おしゃれにおとなしくまとまっていることが多いために、こんなにもエモーショナルなライブをするなんて!と驚くことになるかと思う。

また、先日のTOUR 2018″カムフラージュ”の最終公演にて、Vo.大胡田なつきさんがMCでおっしゃっていたのが「目に見える盛り上がりと、心の奥底での盛り上がりがある」というお話である。

すごく共感できるというか、今パスピエのライブを聴いててこのお話をされたらもう、なるほどとしか言えない状況であった。
前者はどのバンドにも言えることで、アップテンポでノりやすい曲は観客も一緒になって盛り上がり、一体感を感じるタイプの盛り上がりが生まれる。

では、そうではない曲はどうか。
パスピエのバラード系の曲は(あくまで個人的な意見であるが)“曲を受け取ってかみしめる時間”という感じがするのだ。
内側で受け取っている感じがすごくする。この時の自分の本体がどんな状態だったか思い出せないから、もしかして口開いてたりとかしたかもしれない…。

出典:ミーティア

なつきさんのおっしゃる通り、外から見たら落ち着いているが、感情の方は大変揺さぶられている。
何度も音源を聴いた曲でも、その場で音楽を受け取って改めて言葉の意味を感じることができたり、演奏している姿と合わせて聴くことで、その曲の印象がその瞬間に大きく変化して驚いたり。

聴いている人みんな、見た感じでは平然としているが、おのおのが感情の渦に飲まれていると、自分がそうだからって勝手に思っている。

私は「バラードこそライブのためにあるものだ」という、勝手にもほどがある自論を持っているのだが、先日のカムフラージュツアーのファイナルでは改めてそれを思った。

パスピエの音源を聴き、いいな、いや、ちょっといいかもくらいでも思っている人がいたらぜひライブに行ってみてほしい。
音源も音源で魅力的だが、生での演奏にも驚きのボーナスステージ的感動が待っているので。